柳田 国男

産婆を意味する方言

又一つ新しい問題を提出して見たい。産婆を單にバアサンといひ、又はババ、ババサ若くはオンバといへば、此職業の婦人をさす處も少なくは無いが、それでは不便である故に、地方で工夫し出した色々の名前があるらしい。それが産婆といふ職業の發生、又その社會上の地位ともいふべきものを、推定せしめる手がかりになるのみならず、一歩を進めては常人の家庭に於て、誕生といふ事實をどう考へて居たかといふ、かなり大切な問題も答へ得しめるやうになるかと思ふから、今後讀者の注意を乞ひたいのである。

現今は若い婦人に氣の毒とは思ひつゝも、サンバサンといふ語をそつと用ゐて居るのは、其他の名が更に今一層不適當な爲であらう。私などはトリアゲバアサンの手にかゝつた一人であるが、此名は餘程古くからの標準語と言つてもよからう。貞享版の節用集には、世話詞として「穩婆トリアゲババ」と出て居る。陰では男たちが皆さう呼んだのである。それが今日も實用に供せらるゝ區域は廣い。

トリアゲババ            大和北葛城郡

トリアゲバアサン          伊勢山田

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