柳田 国男

葬制沿革史料

緒言

前代日本人の後生觀念、乃至亡靈の去來に關する思想については、記録文獻の偏倚と乏少の爲に、從來可なり大雜把な、甲乙兩立し得ない推斷を許して居たが、是には未だ試みられざる一つの方法が殘つて居た。我々の現在なほ實行して居る慣習の中には、少なくとも一部は新たに制定し又は模倣したので無いものがまじつて居る筈であるが、それを仔細に考察し比較して、それ/″\の由來を尋ねるだけの勞苦を、避けて就かうとする者が無かつたのである。自分は幾度かその弱點を指摘した責任上、終に自ら斯くの如き機械的の整理事務に、當らなければならぬはめになつた。それには近年の地方同志が、各※(二の字点、1-2-22)その地の事實を精細に報告して或程度までの綜合を可能ならしめた懇切なる援助に謝さなければならぬのである。是等の資料のうち、最も有力なるものは盆年越の魂祭行事であるが、この方は稍※(二の字点、1-2-22)目鼻が付きかけて居る。無論明瞭疑無き證據が擧がつたといふのでは無いが、とにかくに民間佛教の導師たちが、訓へ又説いて居る樣には、人はホトケサマなるものを考へて居らず、依然として祖靈は故郷の娑婆を訪問して居た所を見ると、國内普通の信仰に於ては後生は別に有つたといふこと迄は言へさうである。葬制の方面には複雜な儀式ばかり多く、その背後に在るものは幽かにしか顏を出して居らぬから、まだ/\反對の説にも都合のよい事實が取上げられる樣に見えるが、それでも細かに注意をして居るうちには、僧侶の管轄し得ない問題の、弘く國中に共通して居ることだけは判つて來るであらう。結論は學者も戒愼して、さう早急に下さうとせぬ方がよいが、問題だけ

青空文庫の作品カード