柳田 国男

農村家族制度と慣習

第一節 家族制度と勞働組織

一 序論

農業にはもと賃銀の要らない勞働組織があつた。その組織の下で働いて居たものは、少なくとも今日の小作人のやうな、生活不安におびやかされては居なかつた。今日、都市の勞働爭議の大部分は賃銀の問題である。小作爭議の大部分は小作人の生活不安から釀されて居る。斯かる時代に、賃銀の要らない勞働組織があつたとか、その組織の下にあつたものゝ生活が安定して居たといふことを言つたら、ほんとには思はれないかも知れない。然し歴史は明らかに此事實を物語つて居る。

然らば其事實とはどんなことか。それを語る前に、先づ歴史を取り扱ふ精神について、言ひ換へると歴史の取り扱ひ方について、一言申し述べておく必要がある。諸君は歴史と言へば、すぐ學校で教はつた御歴代の御事蹟や英雄豪傑の物語を思ひ出すかも知れぬ。然しそれはいま我々が此處で歴史を取り扱ふ扱ひ方とは別の扱ひ方である。我々はそんな表向きの、はでな、にぎやかな歴史の下にかくれて、默々として世を動かす力の源泉となつて居た地方農民の、じみな、靜かな生活を、長い時間の流れにさかのぼつて見たい。そして今日と違つた生活方法がもしもあつたなら、それはどうして起つたか、またどうして亡んだか、その原因結果を調べて見たい。斯くして行くことに依つて自然に、今日及び將來の我々の生活の上に大きな教訓や暗示も生れて來るであらう。これが我々の歴史を取扱ふ精神である。單に昔なつかしい懷古趣味や、今の時代をいとうて、一にも二にも昔の世がよかつたやうに思ふ、保守的な復古主義などとはわけが違ふ。今日の時世にもいとはしい事があれば、昔の時世にも同樣にいとはしい事はあ

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