佐藤 春夫

晶子さんの煙草正月

わたくしは直接には奥様とお呼びしてかげでは晶子さんと呼び慣はした。生田長江先生の御夫妻が晶子さん晶子さんと仰言るのに慣れた為であつたらう。ともかく奥様とか、晶子さんとか呼んで、晶子先生と呼んだ事は無かつたからここでも晶子さんと呼ぶ。

晶子さんは我々に対しては同門の一人として先生と呼ぶ事はお許しにならなかつた。寛先生に対する御遠慮であつた。現に同門の一人T・Nが晶子先生と呼んだのに対して

「わたしはあなたの先生ではありません、あなたは主人の門人だからわたしはあなたとは同門といふだけです。」

とはつきり仰言つたのをわたくしは聞いてゐた。わたくしが、晶子さんにはじめてお目にかかつたのは十九才の春、その後が新詩社の門を頻々と敲いた頃だから、わたしの二十才前後の六七年、十五年上の晶子さんが三十五才前後の頃がわたくしのよく存じ上げてゐる頃で、寛先生が仏蘭西にお出かけになつた頃に当る。

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