佐藤 春夫

新宮

わがふるさとは熊野の首邑新宮(シングウと読んで下さい)古来の名邑である。シンミヤだのニイミヤなどといえば人に笑われるだろうし、わたくしにはふるさとの感じがない。

郷関は五十年前に出たから、ふるさとの新年は、やがてわが幼少年時の新年ということになる。天下は太平で、少年はたのしかった。

ポンプ井戸の若水ですがすがしく顔を洗い父を中心に男兄弟三人そろい、星をいただいて白い息を吐きつつ、家の裏山、水野氏三万六千五百石の丹鶴城、俗にいう沖見城の二の丸あとから太平洋上に昇るすばらしい新陽を見る。赤い波がわきかえるのは新年にふさわしい活動的な見もので、これを見るのがわが家新年初頭の吉例的行事であった。眼下には旗を多く吹きなびかせた船が多く集っていた。熊野川の川口のむかしの港なのである。

山をおりると母と姉との用意でお雑煮が待っている。それがすむと氏神速玉神社に初詣でする。ほかにもちらほらお詣りの人を見かけた。日露戦争(わが十四才)の時には特にお詣りが多かったのをおぼえている。

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