佐藤 春夫
飲料のはなし
わたくしは老来、毎年少しづつ肥満して今はいつも十八貫以上、下着なども普通のものでは間に合はないが、こんな男一疋の体重になつたのは四十以後で、少年の頃は骨と皮ばかりの痩せつぽち、それでゐて頑健この上なし樫の木のやうなと云はれた体質で、五尺六寸に近い身長で体重は十二貫あるなしであつた。
痩せてゐたせゐか暑さは一向苦にならず、汗なども少しも流れない。今は暑気も厭はしく汗も一人前に湧くが、体の肥痩に関はらずむかしも今も変らないところは、わたくしの体は四季を問はず何日もつねに飲みものを要求してゐる。夏になると特に甚しい。
つねに飲みものを要求してゐると云へばいかにも酒好きのやうだし、平素渇望の念に堪へぬと云へば、何か精神的な要求のやうに聞えるが、そのどちらでもない。まるで植物のやうに水分がほしいだけなのである。
はじめ飲みもののことを書かうと云ふと「お酒のこと?」と聞かれて、気がついたから「飲料のはなし」と題を変へてみた。