山本 周五郎
春いくたび
一
霧のふかい早春のある朝、旅支度をした一人の少年が、高原の道をいそぎ足で里の方へと下って来た。……年は十八より多くはあるまい、意志の強そうな唇許と、睫のながい、瞠いたような眼を持っている、体はがっちりとしては見えるが、まだどこやら骨細なので腰に差した大小や、背に括りつけた旅嚢が重たげである。
道は桑畑のあいだを緩い勾配で下って行く、桑の木はまだ裸であるが、もう間もなく芽をふくのだろう、水気を含んだ枝々の尖は柔らかくふくらんで、青みのさした樹皮には、霧の微粒子が美しく珠を綴っていた。
少年はときどき立止りながら道を急いだ。