横光 利一
絶望を与へたる者
文学論と云ふものがある。これは文学界に於ける道徳の役目をするもので、既成作家の作品は、既に此の道徳律に当て嵌められて正しいと看做されたるものなるが故に、正しいのである。古くとも正しいものと云ふものは、その古さの正しさに於て存在の意義を有つ理由には、何人もひと先づ頭を下げるべきが至当のことと思はれる。此の故、自分はわれわれの歴史の中に見えてゐる大家諸卿の作品に対しては、礼譲を忘れてはならぬと注意するものの一人である。仮令それはいかにわれわれ自身と距離を隔ててゐるとは云へ、われわれの母なるが故の理由のもとに足蹴にしてはならないのである。
しかし、われわれはかかる諸卿の言葉に黙従してゐる子であつたとしたならば、悲しむべきものはわれわれでなくて誰でもない。何ぜなら、それは苦痛だからだ。苦痛が増せば増すほど子は苦痛を与へる母を蹴上げて逃げるのは定つてゐる。此の故苦痛を感じる子は逃げればよい。子には子の物欲しさがある。それは親の物欲しさとは違つてゐる。この物欲しさこそ母親は見るべきだ。この物欲しき子の眼を見るべき母の眼がないならばその母は軈て子のために蹴られるのも定つてゐる。先づ子には子の欲する物を与ふべし。いかに子はその食ふべきものを食らふかは見てゐるより仕方がない。
われわれの長者、田山花袋、正宗白鳥、諸氏の作品に現れた人生観は、その年齢に対して実に概念的だ。それほど果して人生が概念的なものであるならば、須彌山の頂上から釋尊を転がし落すあつぱれ手品師に拍手をしよう。これは当然なことである。
概念的な人生観をいけないと云ふのでは決してない。出来ることなら聞きたくはないと云ふのである。何ぜ