夏目 漱石
おはなし
私はこの学校は初めてで――エー来るのは始めてだけれどもご依頼を受けたのは、決して、初めてではありません。
二三年前、田中さん(田中喜一、東京高等工業学校教授)から頼まれたのです。その頃、頼みに来て下さった方は、もうご卒業なさったでしょう。それ以来、数十回のご依頼を受けましたがみんなおことわりしました。ことわるのは面白いからではなく、止むを得ないからで、この止むを得ない事が、度重なっておきのどくなのでその結果今日やって来ました。言わば根くらべで根がつきて出て来たようなしまつ、面白い話もできかねます。今からとにかく一時間ばかり、話します。それゆえ、題なんかありません。
私は専門があなた方とは全然ちがっています。こんな機会でなければ、顔を会すことはありませんが、これでも私は工業の部門に属する専門家になろうとした事がありました。私は建築家になろうと思いました。なぜっていうような問題ではない、けれども話のついでに話します。
まだ小供のとき、財産がなかったので、一人で食わなければならないという事は知っていました。忙がしくなく時間づくめでなくて、飯が食えるという事について非常になやみました。しかし立派な技術を持ってれば変人でも、頑固でも人が頼むだろうと思いました。佐々木東洋という医者があります。この医者が大へんな変人で、患者をまるで玩具か人形のように扱かう愛嬌のない人です。それで、はやらないかといえば不思議なほどはやって門前市をなすありさまです。あんな無愛想な人があれだけはやるのは、やはり技術があるからだと思いました。ゆえに建築家になったら、私も門前市をなすだろうと思いました。高等学校時分の