葛西 善蔵

呪はれた手

彼が、机の上の原稿紙に向つてペンを動かしてゐると、細君が外からべそ面して、駈け込むやうに這入つて来た。五つになる二女がおい/\泣いてついて来た。――また継母にやり込められたのだ。

困つたものだ――と彼は眉を寄せて、ペンを置いて、細君がおろ/\声して、例のヒステリー声して、訴へるのを聴いた。

それは今朝、彼の八つになる長女が、学校へ行く前に、継母の貰ひ子の十二になるお春と口争ひをしたのだ。その時長女は、「お前やばあさん(継母のこと)なんか、山の畑へ行つたきり一生帰つて来なければいゝ」、とお春に言つたのだ。それをお春は継母に告げたのだ。そこで継母は好いきつかけにして、彼の細君に当つて来たのだ。

「たつた今のうちに皆出て行つちまへ! 誰のかまどでもない、おれのかまどだぞ、ひとのかまどを喰ひ潰してゐて、そんたらこと言ふものどもは、たつた今のうちに出て行け!」継母は斯う呶鳴り散らしたのだ。

青空文庫の作品カード