久米 正雄

「私」小説と「心境」小説

一

此頃文壇の一部に於て、心境小説と云ふものが唱道され、又それに対して、飽くまで本格小説を主張する人々が在つて、両々相譲らないと共に、それに附随して、私小説と云ふものと、三人称小説との是非が、屡々論議された。

心境小説と云ふのは、実はかく云ふ私が、仮りに命名したところのもので、其深い趣意に就ては、いづれ章を改めて述べるが、只茲に一言で云へば、作者が対象を描写する際に、其対象を如実に浮ばせるよりも、いや、如実に浮ばせてもいゝが、それと共に、平易に云へば其時の「心持」六ヶ敷しく云へばそれを眺むる人生観的感想を、主として表はさうとした小説である。心境と云ふのは、実は私が俳句を作つてゐた時分、俳人の間で使はれた言葉で、作を成す際の心的境地、と云ふ程の意味に当るであらう。

それに対して、本格小説の大旆を、真つ向に振り翳して居るのは、中村武羅夫君なぞで、「本格」小説なぞと云ひ出したのも、氏の命名なのであるが、つまり本当の格式を保つた、所謂小説らしい小説、と云ふ程の意味であらう。

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