中谷 宇吉郎
自然の恵み
われわれは大きい自然の中で生きている。この自然は、隅の隅まで、精巧をきわめた構造になっている。その構造には、何一つ無駄がなくて、またどんな細かいところまでも、実に美しく出来上がっている。
寺田先生がかつて、どんなに精巧につくられた造花でも、虫眼鏡でのぞいてみると汚らしいが、どんなつまらぬ雑草の一部分でも、顕微鏡でみると、実に驚くほど美しいということを書いておられる。これは非常に意味の深い言葉であって、自然のいろいろな物質、それは生命のあるものまでも含めての話であるが、そのものの深い奥底にかくされた造化の秘密には、不思議さと同時に美しさがある。そしてその不思議さと美しさとにおどろく心は、単に科学の芽生えばかりではなく、また人間性の芽生えでもある。
こういう自然のいわば科学的の美と神秘とを、最もよく示す代表的なものとして、しばしば雪の結晶が例にひかれる。そしてこの例は、いかにも適切な例である。それで雪の結晶のことを、こういう自然の、いわば精神的な意味での恵みという立場から、少し話してみよう。もっとも雪の話は、今までに何度も書いたことがあるので、雪の結晶そのものの説明、例えば水蒸気の昇華作用で出来た氷の結晶が即ち雪であるというような話は、今回は略すことにしよう。ただ数年前まではよくわかっていなかった結晶のかくのことだけは、一寸書いておく必要がある。
その本体からいっても、またその出来方からいっても、雪に一番よく似ているものは、霜である。もっとも霜には二種類あって、一種類は結晶ではないが、他の一種類は立派な結晶になっている。この霜の結晶と、雪の結晶とは非常に似たものであって、そのちがい