徳冨 蘆花

漁師の娘

一

常陸の国霞が浦の南に、浮島と云って、周囲三里の細長い島がある。

二百あまりの家と云う家はずらり西側に並んで、向う岸との間は先ず隅田川位、おおいと呼べば応と答えて渡守が舟を出す位だが、東側は唯もう山と畠で持切って、それから向うへは波の上一里半、麻生天王崎の大松も、女扇の絵に画く子日の松位にしか見えない。

此の浮島の東北の隅の葭蘆茫々と茂った真中に、たった一軒、古くから立って居る小屋がある。此れは漁師の万作が住家だ。夏から冬にかけては、人身よりも高い蘆が茂りに茂って、何処に家があるとも分らぬが、此あたりを通って居ると、蘆の中から突然に家鴨の声が聞えたり、赤黒い網がぬっと頭を出して居たり、または、一条の青烟の悠々と空に消えて行くのを見ることがある。併し其れよりも著しいしるしがある。其は此の蘆の中から湧いて来る歌の声――万作の娘お光が歌う歌であった。

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