佐藤 春夫
拙作『小説永井荷風伝』について
先日は失礼。足下の文芸時評を只今一読いたしました。長ったらしい拙作に対して一読の労を費されたことを先ず感謝します。つづいてそれに対して少々もの申すのにお耳をお傾けねがいます。
貴文の一節に「荷風の生活について新しい発見があるわけではなく、『小説』と銘を打った積極的理由もわかりませんが……」とあるお言葉ですがね。
わたくしは拙作のなかで荷風を「エディポスコンプレックスの人」としました。これはすくなくともわたくしにとっては、新発見のつもりでした。わたくしは永年、荷風の父に対する恐怖的服従とそれをはね返す反抗とはよく知っていましたが、それがエディポスコンプレックスに根元があること、そしてそれが荷風の生涯を支配していることは、今度拙作を執筆中にはじめて気がついたところでした。
同じような事をこうはっきりといった人が今までにありましたろうか。寡聞にしてわたくしは知りません。あったなら御教示を得たいものです。