佐藤 春夫
黄金綺譚
これはただごちそうのお話にすぎないが、おめでたい記念号の読み物にふさはしくちよつと景気のいい題をつけて置かう。
わたくしは田舎者で、それも士、道ニ志シテ悪衣悪食ヲ恥ヅル者ハ未ダトモニ語ルニ足ラズと云ふ思想を持つた父の下に育てられたから、美食を論じごちそうを語る資格は全く欠けた人間である。
しかし父は医者で、常に食物の栄養価には注意を払ひ偏食を戒めたおかげでか、既に七十余年の生涯にまだ一度も病気らしい病気をしたこともないのがわたくしである。
それでわたくしの舌は美味佳食を一向に鑑別することもできないにもかかはらず、わたくしの胃腸はふしぎなばかり、よくごちそうを知つてゐる。