佐藤 春夫
谷崎文学の代表作「細雪」
谷崎文学の特長はゆつたりとしたゆたかな風格の重厚なところにある。さながらに坦々たる都大路を行くやうなとでも云はうか。この特長は初期の作品にもよくあらはれてゐたが、その大成の姿を示したものがこの細雪ではあるまいか。その重厚に大らかなものに更にきめのこまかさを加へて、まことにめでたいものである。
これは源氏物語の現代訳を試みたことによつて、本来の好い素質のうへに、古典の骨法をよく学んで、そのよい肥料の十分に利いてゐるうちに書かれたのがこの作品であるために、かういふ申し分のない作品ができたのでもあらう。
古典的な落ちつきと近代風の写実とがよく溶け合つてその兼ね合ひがまことにほどのよい諷刺の、快い様式になつてゐるやうに思はれる。
以上谷崎文学の好所をばかり数へ上げてみた。といふのも細雪が谷崎文学の長所を十分に発揮した作品だからである。とは云へ谷崎文学とても全体としては決して申し分のないといふ有難いものではない。しかし常識的でつくりものらしい調子の低さを見せた谷崎文学の欠点が、この作品では偶然ならずよく免れてゐるのである。