萩原 朔太郎

芥川君との交際について

芥川君と僕との交際は、死前わづか二三年位であつたが、質的には可なり深いところまで突つ込んだ交際だつた。「君と早く、もつと前から知り合ひになればよかつた。」と、芥川君も度々言つた。僕の方でも、同じやうな感想を抱いて居たので、突然自殺の報告に接した時は、裏切られたやうな怒と寂しさを感じた。

芥川君の性格には、一面社交的の素質があつたので、友人が非常に多かつた。しかし本當の打ちとけた親友といふものは、意外にすくないやうであつた。「僕の過去の悔恨は、友人が惡かつたことだ。」といふやうな意味の言葉さへも、或る時は沁々として僕にもらした。つまり芥川君は、自分と反對の性格で、自分の觀念上にイデアしてゐるものを、具體的に表出してくれるやうな友人が欲しかつたのだ。常々菊池寛氏を敬愛して「英雄」と呼んで居たのも、やはりその反性格の爲であつて、丁度あの神經質のボードレエルが、豪放で世俗的なユーゴーを崇敬して居たのと同じである。所が芥川君の周圍に集る人々は、たいていその同型な人物ばかりであつたので、交際の廣いわりに、心境が孤獨で寂しかつたのだらう。

かうした芥川君にとつて、室生犀星君や僕のやうな人間は、確かに變り種の友人だつたにちがひない。特に室生君には特殊の驚異を感じたらしく、常々「あんな珍しい男を見たことがない」と言つてゐた。芥川君の如くインテリ型の秀才肌で、文明人の纖細な神經から、社交的の禮節にのみ氣を疲らして居た人にとつて、室生君の自然兒的な野性や素朴性やは、たしかに痛快な驚異であり、英雄的にさへ見えたのだらう。(當時の室生君は、今よりもずつと甚だしく野性的であつた。)一方また室生君の方では、

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