岡本 良雄
ラクダイ横町
ラクダイ横町という、へんなあだ名の横町が、大学の近くにあった。きっさ店や、カフェーや、マージャンクラブなどがのきなみにならんでいて、少年は、その中のオリオン軒というミルクホールに働いていた。少年の名は、いのきちといった。
いのきちは、山で生まれた。湖の上を流れるきりをおっぱいとしてのみ、谷をわたるカッコウの声を、子もり歌にきいて、大きくなった。
駅までいくのに、二時間もあるかねばならなかったし、その駅から汽車にのって、日本海にでるのに三時間、また、南にむかって、太平洋を見ようとすれば、たっぷり一日がかりというような山おくであった。ちょうど、いのきちの生まれた朝、おじいさんが、うらの谷で大きなイノシシをうちとめたので、その記念に、いのきちという名をつけられたのだという。そんな山の中でそだったのだから、五年生の春の遠足で、はじめて日本海を見たときに、いのきちたちは、どんなにおどろいたことだろう。
「これが、海だよ。」