河東 碧梧桐

登山は冒険なり

役小角とか、行基菩薩などいう時代の、今から一千有余年の昔のことはともかく、近々三十年前位までは、大体に登山ということは、一種の冒険を意味していた。完全なテントがあるわけでなく、天気予報が聞けるでもなく、案内者という者も、土地の百姓か猟師の片手間に過ぎなかった。

で、登山の興味は、やれ気宇を豁大するとか、塵気を一掃するとか、いろいろ理屈を並べるものの、その実、誰もが恐がって果し得ない冒険を遂行する好奇心が主題であった。況や、金銭に恵まれない当時の書生生活では、無理とは知りつつ、二重三重に冒険味を加える登山プランしか立て得なかった。

天佑と我が健康な脚力を頼みにして。

無事に下山して来て、日に焼けた紫外線光背面を衆人稠坐の中にツン出し、オイどうだ! と得意な一喝を与えたものだ。

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