佐藤 春夫
若き日の室生犀星
わたくしは明治四十二年、十九歳の春上京してのち、明治末、大正はじめの数年間を、なまけ学生として、本郷の師匠の家の周囲を転々としながら三田に通学してゐた。
そのころ二十一二の室生犀星はどこに棲んでゐたものか、毎夜のやうに根津権現うらあたりの酒場に出没して、生来の蛮勇を揮つてゐたらしい。
わたくしはもと下戸だから酒場には出入しないから、現場を見たことはない、いつも聞きつたへばかりであつた。
当時のわたくしの友人に、ともに新詩社の同人として、ともに作歌を学んでゐた美術学校学生で菽泉と号した広川松五郎がゐた。彼は同じく歌人で、たしか室生とは同郷の尾山篤二郎と親交があつたらしく尾山は時々広川の下宿へも顔を出してゐた。わたくしは尾山が広川に語つてゐるところによつて室生の噂を聞いたのである。広川は室生とも面識はあつた様子である。