辻村 伊助

続スウィス日記(千九百二十三年稿)

帰郷

蒼茫として暮れてゆくアルプスの群山を仰げば、あの氷の上を羚羊のごとく跳び廻った日が夢のように遠い。

日に露された蛍光石の闇に光を放つように、身に沁みた歓びを胸底に秘して、眼を閉じて回顧に耽った幾年が、今、こうして染み染みと山に対えば、あたかも果敢ない幻影であったかの如く思われる。僅かに放射する有るか無きかの光、それを以て如何にして太陽の光輝を想い得よう、日に照せば彼は一片の石塊となる、回顧は竟に茫乎として去った夢を趁うに過ぎない……私はつくづくと年の経ったのを感じた。

妻と小さな子供を伴れている私には、横浜を出るとき親しい友達は桟橋に残ってしまったが、それでも旅らしい気分になれなかった。

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