吉江 喬松
海潮の響
毎朝二階の窓から東南の空を見ると、白く光る雲が遠い杉木立の上にもや/\湧き出てゐるのであつた。日の光はその雲の頂を照らして、いかにも輝かしいが、雲の下層は一様に平かに途切れて、下からは青色空が光を浮ばせ、青い光を照り返してゐる。
あの雲の下あたりが、丁度東京湾の波の上であるまいか。房州通ひの船は、あの雲を仰ぎ見ながら走つて行くのではあるまいか。そんな事を思つてゐると、四五日前、横浜埠頭で送つたアメリカ行の友人の船が見えて来る。白く塗つた天洋丸の波を蹴立てゝ行く姿が見える。大うねりを立てゝ寄せて来る大洋の波、ゆつたりとした眺め、爽かな洋上の空気、それを吸ひながら甲板上を歩いてゐる友人の得意の姿、――空想は空想を追うて湧く。
毎朝その白い雲を見る度に海を思ふやうになつた。風が少し強く、雲の下層が乱れて見える時は海の波が音高く、雲の下でまろんでゐる姿を思ひ浮べた。日が強く照る時、雲の姿を胸に抱き光と波と雲と皆一様に入り乱れて、照り返してゐる華かな白銀のやうな海を思つた。
東南の空! いつもいつも、私が憧れてゐる方向だ。海は私の思を引いて、その方向に横はつてゐる。高照る雲、白銀の海、不断の楽の音を奏してゐる波、その雲を見る毎に私の胸には波の音が聞えて来た。