山之口 貘
歳末の質屋
画家のK女史と記者のTさんとぼくとが、車に同乗。灯のついたばかりの師走の街のざわめきを縫って、城南のとある坂の上で車を止めた。ぼくらは坂の途中の電柱に掲げられている矢印の示す露地にはいった。「そろそろベレーなど、ポケットにおしこんでおきましょうかね。」するとTさんも、「そうだそうだ。」というわけで、ぼくとTさんは頭のベレーをポケットに移したのである。
それはこの質屋に現われる客達のふん囲気に邪魔にならないようにとのこころがけなのだ。
板ベイに沿うて一寸行き、木戸を開けて、玄関を開けると、客は、まだ一人もいなかった。来意のほどは、あらかじめ電話しておいたので、玄関に出て来た女の子も承知していたらしく、すぐに座敷へ通してくれた。
ぼくの知っている限りでは、木戸にも玄関にも、のれんのかかっていない質屋はこの質屋だけなのである。そこで、T氏が、その理由を若い主人にきくと、先代からずっとのれんはかけていないそうで、「なにしろ世間では、のれんをくぐるのがいやだと言いますからね。」とのことだ。