岡本 綺堂

怪奇一夕話

春の雑誌に何か怪奇趣味の随筆めいたものを書けと命ぜられた。これは難題であると私は思った。

昔も今も新年は陽気なものである。お屠蘇の一杯も飲めば、大抵の弱虫も気が強くなって、さあ矢でも鉄砲でも幽霊でも化物でも何でも来いということになる。怖い物見たさが人間の本能であると云っても、屠蘇気分と新年気分とに圧倒されて、その本能も当分屏息の体である。その時、ミステリアスが何うの、グロテスクが何うのと云ったところで、恐らくまじめに受付けては呉れないであろう。同じグロならマグロの刺身でも持って来いぐらいに叱られるか、岡本もいよいよ老耄したなと笑われるか、二つに一つである。

初春の寄席の高坐で「牡丹燈籠」を口演する者はない。春芝居の舞台に「四谷怪談」を上演した例を知らない。そう考えると、全くこれは難題であると思ったが、一旦引受けた以上、今更逃げるわけにも行かない。私が若い時、狂歌の会に出席すると、席上で「春の化物」という題を出された。これも難題で頗る閉口したが、まあ我慢して左の二首を作った。

春雨にさす唐傘のろくろ首けらけらけらと笑ふ梅が香

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