正宗 白鳥
軽井沢より
小川未明君へ。
先日のある新聞で、二兒を左右に伴つた君の勇ましい寫眞を拜見しました。それからその下に掲げられた君の談話の中に、「少しでもいゝ空氣を子供に吸はせたいために朝早く雨戸を開けてやる。」と云つてゐられるのを讀んで、君の側で君の話を聞いてゐるやうな氣がしました。そして、此方の清涼な空氣を君の天神町の二階まで輸送して上げたいと思ひました。(大阪のある富豪が六甲山の空氣を自分の部屋へ水道の鐵管のやうなもので呼ばうとしたといふ夢のやうな話を上司君から聞いたことを思ひ出したのです。)
この頃の僕は眞の孤獨の生活をしてゐます。終日一語をも發せずして日を暮すことがあります。一字を書かず一語を發せず新聞以外に何も讀むことさへしないで一日を過ごすこともあるのです。
頭腦をも絶對に休めてゐようと思つてゐるのだが、しかし、生きてゐる限りは何かかにか、心に浮んで仕方がない。眠つてゐても無用な夢を見ることの多い僕は、醒めてゐる間は尚更、考へなくてもいい事を考へていけないのです。