中谷 宇吉郎

大阪人と科学精神

今のことはよく知らないが、一昔前のいわゆる大阪商人は朝、人に会うと「おはようございます」の代りに「もうかりまっか」と言ったそうである。それには「いやあきまへんで」という受言葉がある。

東京の実業家の中には、この例をひいて大阪商人を軽べつする人がある。しかし私は、そういう大阪人をひどく尊敬している。というのは、われわれの仲間のうちで、朝、人に会った時に、最初に「実験は巧く行っていますか」と聞く人は、滅多にないからである。

戦争前の話であるが、日本の繊維工業が、ランカシャーを打倒した陰には、女工哀史もあるが、そればかりではない。この商魂があったからである。戦前のいろいろな方面における日本の発展は、たいていの場合、その陰に武力があった。本当に実力で先進国と争って、堂々と勝ちを制したのは、水泳と繊維工業くらいのものである。そしてそれを為しとげた功績の一半は「もうかりまっか」が「おはよう」の代りになるという商魂にある。

この商魂が生まれたのは、大阪に政治の中心が無かったからであろう。実業家が政治、即ち権力と結びつき易いところには、こういう商魂は生まれない。政治と結託して金をもうけるのは、陸軍を背景に満州を開発するようなもので、誰にでも出来ることである。

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