中谷 宇吉郎

小林秀雄と美

先年、小林秀雄と、清荒神へ鉄斎の絵を見に行ったことがある。そのときは、一日中かかって、奥の広い座敷で、百幅近い鉄斎を見た。

天気のよい日で、白い障子が明るく、室内は森閑としていた。この部屋は、鴨居にたくさん折釘がついていて、十幅くらいの掛物が、ずらりと掛けられるようになっていた。

次の間に、軸箱がたくさん積み上げてあって、小僧さんが、大事そうにそれをもって来て、一幅一幅かけて行く。小林秀雄は、その前にきちんと正座して、じっと絵に眺め入る。二、三分で、もういいというふうに、一寸眼で合図をして、次の絵の前へ行くこともあるが、ときには、十分以上も、黙ってじっと見入っていることもあった。

小林秀雄は、普段でも横顔がいいが、こういうときは、とくに美しい顔になる。眼を凝らし、頤をぐっとひいて、食い入るように、あの鋭い視線を絵に注いでいる。終始一言も口をきかない。はたから見ているものには、それが非常に長い時間に感ぜられる。そして最後に「これはいいです」とか「美しいですね」とか、一言いう。それを言うと、急に眼がやさしくなり、思いなしか身構えもぐっと楽になって、ほれぼれとした顔つきで、絵を眺めている。

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