水野 仙子
神楽阪の半襟
貧といふものほど二人の心を荒くするものはなかつた。
『今日はお精進かい?』とでも、箸を取りかけながら夫がいはうものなら、お里はそれが十分不足を意味してるのではないと知りながら、
『だつて今月の末が怖いぢやありませんか。』と、忽ち怖い顏になつて聲を荒だてる。これだけ經濟を爲し得たといふ消極的な滿足の傍、夫に對してすまないやうな氣の毒のやうな、自分にしても張合のない食卓なので、恰も急所をつゝかれたやうにおなかの虫が首を曲げるのである。
『何もそんなに聲を尖らせなくたつていゝぢやないか。』と、夫の顏も引き緊つて來る。そしてもたれ合つてゐた愛情が、てんでに自分の持場にかへつて固くなつてしまふやうなことがまゝあつた。