中谷 宇吉郎
犬がなくとガラスがこわれるか
今日は、科学の時代といわれる。
宇宙ロケットがとび、人工頭脳がそれを操作する。原子力発電機が、北極の厚さ二千メートルの氷の上に設置され、生命をもったヴィールスが、結晶としてとり出される、まさに科学の時代である。
しかし、これほど、科学科学とさわがれる世の中でありながら、それでは「科学とはなにか」ときかれると、きわめてあいまいな返事をされる人のほうが多い。ロケットも、人工頭脳も、原子力発電も、科学によってつくられたものであって、科学そのものとは、いいかねる。
「科学は、自然界にあるものを、ものとして取扱い、その本体と、いろいろなものの間にある規則性、すなわち法則とをしらべる学問である」といった方がよい。しかしこれでも、なんのことかよくわからない、と言われるであろう。わからない方がほんとうであって、こういう抽象的な言葉で、わかったような気になられると、かえって困るのである。