浜本 浩
甘い野辺
子供の頃、私は菓子を食べたことがなかった。家が貧しかったし、また私の郷里の土佐の国では、その頃まで勤倹質素を旨とする風習が残っていたので、菓子はぜいたくなもののように考えられていたからである。
菓子を禁じられた子供たちは、いろいろと代用になるものを探して食べた。それは私たちだけではなく、どこでも田舎の子供なら同じことかもしれない。
早春には、まず芝の地下茎を噛んだ。糖分を貯えて越年した若い地下茎である。茅の穂のツバナは無味淡白だったが、噛めば舌端に甘い後味が残った。芝の地下茎も、茅花も、日当りのよい土手の斜面に自生した。
野薔薇の若芽は、好んで食べる子供と、嫌って食べない子供があった。したがって、その甘味は一般的でなかった。いつぞや銀座あたりの喫茶店で、何気なく卓上の砂糖をなめていたら、もう五十年も前に遊んだ故郷の野辺が、ふと瞼に浮んできた。つまり野薔薇の若芽と、間の抜けたビート糖の甘味にはどこか似通ったところがあるからであった。