永井 荷風

砂糖

病めるが上にも年々更に新しき病を増すわたしの健康は、譬えて見れば雨の漏る古家か虫の喰った老樹の如きものであろう。雨の漏るたび壁は落ち柱は腐って行きながら古家は案外風にも吹き倒されずに立っているものである。虫にくわれた老樹の幹は年々うつろになって行きながら枯れたかと思う頃、哀れにも芽を吹く事がある。

先頃掛りつけの医者からわたしは砂糖分を含む飲食物を節減するようにとの注意を受けた。

誰が言い初めたか青春の歓楽を甘き酒に酔うといい、悲痛艱苦の経験をたとえて世の辛酸を嘗めると言う。甘き味の口に快きはいうまでもない事である。

わが身既に久しく世の辛酸を嘗めるに飽きている折から、今やわが口俄にまた甘きものを断たねばならぬ。身は心と共に辛き思いに押しひしがれて遂には塩鮭の如くにならねば幸である。

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