山川 方夫
赤い手帖
その夜は、彼はまったくついていなかった。
木曜日で、彼の演出している帯ドラの一週間分の録音をしてしまう夜だった。だいたいがやっつけ仕事めいた番組だが、その夜の出来はことにひどかった。だれも口に出していわなかったにせよ、みんな、こんなのは最低以下さと内心で思っているのにちがいなかった。
放送局を出たのは、それでも二時をまわっていた。同じ方角にかえるタレントやスタッフたちを一まとめにして、それぞれに車の手配をする。最後の一台に彼は乗った。仕出し役につかったまだ若い女優が二人、すでに後のシートに坐っていた。
女優――といっても、まだ素人同然の青っぽい卵なのだが――たちは、一向に疲れた気配もなく、深夜の自動車の中で、大声で笑ったりふざけあったりしている。どういうわけか、こんなときほど若い娘たちのおしゃべりや笑い声がうるさく耳について、やたらと腹のたつことはないのだ。彼は口をききたくもなかった。まったく、こんなときは、若い女たちが、男どもにとりどうして天使に似た魅力的な存在になりうるのか、不思議でたまらない気がしてくる。