山川 方夫

メリイ・クリスマス

ある秋の夜。むし暑く、寝苦しいまま、彼はアパートの手すりにもたれて、目の下にひろがる都会の夜を、ぼんやりと眺めていた。彼の部屋は、都心に近い高層アパートの、それも最上階にあった。

月の美しい夜ふけで、空は月のまわりだけ穴をあけたように明るく澄み、淡い煙に似た薄い雲が、ときどきそのまんまるな月の前を流れていた。しばらく風に吹かれてから、彼が部屋に戻ろうとしたとき、ふと、背後にごく小さな――まったく、ごく微かな、しかし明瞭な女の忍び笑いが聞こえた。びっくりして彼は振りかえった。背後には、高い夜空に突き出したアパートの手すりと月光のほか、なにひとつあるわけがなかったのだ。

しばらくのあいだ、彼は口をポカンとあけ、自分が精神錯乱におちいったのだ、とくりかえし思いつづけた。月光に青白く光る手すりの金棒に腰をかけて、豆つぶほどの一人の女が、脚を組み、手を唇にあてて笑っている。小さな、しかしあきらかに若い女性だけのもつ愛らしい澄んだ忍び笑いが、そこから、彼の耳にとどいてくる。

蟋蟀や、鈴虫やの見まちがいではなかった。彼は自分の耳を疑い、目を疑い、顔を近づけてしげしげとその若い女性のミニアチュアのような生物を観察した。それは、大きささえ無視して考えれば、まったく人間の若い女性、それもかくべつ美しく魅力的な女性と、かわるところがなかった。

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