萩原 朔太郎
室生犀星に与ふ
室生君!
君との友情を考へる時、僕は暗然たる涙を感ずる。だがそれは感傷でなく、もつと深い意味のものが、底から湧いてくるやうに思はれる。いかにしても、僕にはその意味が語りつくせない。だが力の及ぶだけ、貧しい表現をつくしてみよう。
室生君!
いかに過去に於て、僕が君の詩に魅惑されたか。君の「抒情小曲集」にある斷章や「ふるさと」の詩を、始めて北原白秋氏の雜誌で見た時に、僕は生來かつて知らない詩の幸福を味つた。町を行くときも、野に行くときも、僕は常に君の詩をふところにし、そして絶えず口吟み朗吟してゐた。僕はすつかり、君の小曲を諳誦してしまつた。その頃、丁度同じ北原氏の雜誌に僕も詩を書いてゐた。だが僕は、君によつてすつかり征服され、到頭競爭の念を捨ててしまつた。僕は君の弟子になり、改めて始めから詩を學ばうと決心した。僕は或る日、まだ見ぬ君に對する敬愛と思慕の念に耐へかねて、長い戀文のやうな手紙をかいた。その手紙では、僕は弟子としての禮儀をつくした。僕は君の靴の紐を解くだに足りないもの、數ならぬ砂利の一つだと書いた。それほど君の藝術が、魔力のやうに僕を魅惑してしまつたのだ。