萩原 朔太郎
大船駅で
例年の如く詩話會の旅行をする。一時二〇分大船經過の列車で行くから、同驛にて待ち合せよといふ通知が佐藤惣之助君からきた。丁度旅行に出たいと思つてゐた矢先なので、早速同行することに決心した。
旅行の樂しさは、しかし旅の中になく後にない。旅行のいちばん好いのは、旅に出る前の氣分にある。『旅に出よう!』といふ思ひが、初夏の海風のやうに湧いてくるとき、その思ひの高まる時ほど、實際に樂しいものはないだらう。旅行は一の熱情である。戀や結婚と同じやうに、出發の前に荷造りされてる、人生の妄想に充ちた鞄である。
二〇分、十五分、七分……。長い飽き飽きした時間の後に、やつと明石行の列車が這入つてきた。これに一行が乘つてゐるのだ。窓からいくつかの顏がのぞいてゐる。すべての出迎へ人がするやうに、一瞬の瞥見から求める顏を探さうとして、私は電光のやうにすばやく視線を窓に貫いた。そこの窓には詩話會の親しい友人、室生や佐藤や川路や福田や、それから就中百田宗治の四角な笑顏がのぞいてゐることを想像してゐた。
『おい! こつちだ。こつちだ。』