山本 周五郎
酒・杯・徳利
荒廃した田舎家の中だ。
半漁半農の村だから、数年前までは恐らく一番貧しい漁夫の棲家だったに相違ない。藁葺屋根はなかば腐れ、荒木田の壁は崩れ、天井板も柱も黒く煤け、二段になっている造り付けの戸納の戸は欠け、畳はみるかげもなく脆けて、歩くたびに床板の軋む音がする。
部屋はひと間きりない、土間が広くとってあるのは、以前そこに竈を据えたり、漁具を置いたり、雨降りのとき子供の遊び場にしたりしたものであろう、今はその隅に罅のいった焜※[#「火+慮」、U+7208、154-8]と[#「焜※[#「火+慮」、U+7208、154-8]と」はママ]土鍋とバケツと、みじめな釣り道具とが置いてある。部屋の上框には障子がないので、広い土間から直に雨戸だ、その雨戸も欠けたり釘が抜けたりしているので、風は自由に吹き通るし、月明りの窺うにも不便はない。
夜半である。