山本 周五郎
ブドー酒・哲学・アイスクリーム
書きながら飲むというようなことは、めったにしないが、酒とは親しいつきあいである。といって酒なら何でもいいというのではない、やはりぼくなりの好みがある。
若い頃からぼくは特別にブドー酒が好きだった。よくひとから、どうしてそんなにワインを好むのか、という質問をうけるのだが、特にむずかしい理由があるわけではない。その頃たまたま飲みはじめたブドー酒の酔い心地が非常によかったからである。
当時はフランスから輸入するにもたいそう時間がかかった。その上、船がどうしても赤道を通ってくるので、暑さのためによい酒はほとんど味が変ってしまう。だから、ぼくはその中でも専ら安いものを買って飲むことにしていた。その方がかえってうまかったのである。
ブドー酒を飲むというと、どうしても洒落て聞えるのでいやなのだが、ほんとうに好きというのは仕方がない。それにぼくは欲ばりだった。あるものはどうしても試してみたい。つまり飲んでみたいのである。テキラはまだ知らないが、これまで飲もうと思った酒は、だいたい飲んだといっていいだろう。