山本 周五郎
武家の食生活
「現在かくの如く切迫した決戦期にあり、国民の多くが一人で二人前も三人前も働いている時そしてその戦闘労力の要求が更に増大していくと信ぜられる時に、主食一割減という事実は各方面にかなり大きな問題を投げているようです」私がそういった。
「……それに就いて、昔の武士たちは合戦の時や籠城などの場合に、どんな耐乏生活をしていたものか、こういうことを真剣に訊ねられるんですが、これにはどんな風に答えたものでしょうか」
梅樹先生はぎろりと私を睨む、これは返答無用のしるしである。武家生活に就て不分明なことがあると私は毎も先生の教を乞いに上るのだが、このぎろりとくる時は御返辞を頂けないことに定っていた。然しその日は珍しく例外にぶっつかったのである。
「別段に変った事もないと答えるんだな」先生はそう仰っしゃった、「……合戦とか籠城とかいう場合には、武士も農夫も町人も差別はない、備蓄食糧が尽きれば食えない物までも食う、またなにか特に学ぶべき食生活があったとしても、今苦しまぎれにその真似をするような気持ではなんの役にも立ちはしない」