永井 荷風

春雨の夜

雨戸がしまったので午後から降出した雨の音は殆ど聞えなくなった。

女中の知らせに老夫婦は八畳の茶の間へ来て、膳の前に置かれた座布団に坐ると二人ともに言合したように身のまわりを見廻した。

昨日まで――昨日の夕飯の時までこの八畳の茶の間にはもう一脚膳が出されてあったのだ。然し今夜はもうその膳は出されていない。寅雄という一番末の男の子は今朝米国へ留学に行った。

去年の秋三番目の女の清子が嫁に行くまで此の八畳の茶の間は時折さわがしいほど賑であった。寅雄と清子とは日頃仲がよかったので却てよく喧嘩をした。

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