三好 達治
朝菜集
朝菜集自序
ちかごろ書肆のすすめにより、おのれまたをりからおもふところいささかありて、この書ひとまきをあみぬ。なづけて朝菜集といふ。いにしへのあまの子らが、あさごとに磯菜つみけんなりはひのごとく、おのれまたとしつき飢ゑ渇きたるおのれがこころひとつをやしなはんとて、これらのうたをうたひつづりたるここちぞする。いまはたかへりみてみづからあはれよとおぼゆるもをこなりかし。げにこれらのうた、そのふるきはほとほとはたとせばかりもとほき日のもの、そのあたらしきはきその吟詠、いづれみなただひとふしのおのがしらべにしたがへりしとのみ、みづからはなほおもへれど、みじかからぬとしつき世のさまのうつりかはりしあと、かの萬波あひうちしなごりもや、そこここにしるしとやいはん。うたのすがたそのこころばえをりふしにいたくたがひて、かれとこれとあるひはひとつ笛のうたぐちをもれいでしこゑとしもききとめがたからん。さらばこの笛のつくりあしきは證されたり――
こはこれつくりあしき笛一竿、されどこの日おのれそをとりてつつしみひざまづきて、いまはなき
萩原朔太郎先生の尊靈のみまへにささげまつらんとす。