小津 安二郎
映画界・小言幸兵衛
阿呆が監督しても客は来る
蟻を見るたびに感心する。よくも精を出して働くもので、一匹ぐらい石ころの蔭で昼寝をしていてもよさそうなものだが、とんと見当らない。そこにゆくと、人間は有難い。程々に生きることも勝手だ。どう生れ変っても蟻だけには生れたくないものだ。
私が一年に一つしか映画を作らないのは、必ずしも怠けているからではないのだが、今年は映画界も総蹶起というわけで、私も『彼岸花』に続いて、年内にもう一本撮ることになった。
『彼岸花』は興行成績もよかったようだが、あれだけのスターを揃えれば、大当りするのが当り前なので、会社ももとよりそこに安全性を考えていたわけだ。阿呆が監督しても、客が来るだろうと思う。ただ、つまらない自慢だが、阿呆が監督したのでは、あれだけのスターは集まらなかっただろうということは云えよう。大した役ではないが出てみようという好意を持って貰えたから、ともかくスターの名が並んだので、このスター・ヴァリュウで客が入らなかったら、会社はびっくりするどころではなく、私はたちまち契約を解除されてしまうところだ。