永井 荷風
吾妻橋
一
毎夜吾妻橋の橋だもとに佇立み、往来の人の袖を引いて遊びを勧める闇の女は、梅雨もあけて、あたりがいよいよ夏らしくなるにつれて、次第に多くなり、今ではどうやら十人近くにもなっているらしい。女達は毎夜のことなので、互にその名もその年齢もその住む処も知り合っている。
一同から道ちゃんとか道子さんとか呼ばれている円顔の目のぱっちりした中肉中丈の女がある。去年の夏頃からこの稼場に姿を見せ初め、川風の身に浸む秋も早く過ぎ、手袋した手先も凍るような冬になっても毎夜休まずに出て来るので、今では女供の中でも一番古顔になっている。
いつも黒い地色のスカートに、襟のあたりに少しばかりレースの飾をつけた白いシャツ。口紅だけは少し濃くしているが、白粉はつけているのか居ないのか分らぬほどの薄化粧なので、公園の映画を見に来る堅気の若い女達よりも、却ってジミなくらい。橋の欄干のさして明からぬ火影には近くの商店に働いている女でなければ、真面目な女事務員としか見えないくらい、巧にその身の上を隠している。そのため年齢も二十二、三には見られるので、真の年はそれより二ツ三ツは取っているかも知れない。