永井 荷風
亜米利加の思出
皆様も御存じの通り私は若い時亜米利加に居たことはありますが、何しろ幾十年もむかしの事ですから、その時分の話をしてみたところで、今の世には何の用にもなりますまい。米国がいかほど自由民主の国だからと云ってその国に行って見れば義憤に堪えないことは随分ありました。社会の動勢は輿論によって決定される事になって居ますが、その輿論には婦人の意見も加っているのですから大抵平凡浅薄で我々には堪えられなかった事も少くはありませんでした。ストラウスの楽劇サロメが演奏間際になって突然米国風の輿論のために禁止となった事などはその一例でしょう。ラフカジオ、ハーン(小泉八雲)が黒人の女を愛したようなことから世に容れられなくなった事なども所謂米国風輿論の犠牲と見るべきものでしょう。露西亜のゴルキイが本国を亡命して紐育に行ったことがあるが矢張輿論のために長くその地に留まることができなかったような事がありました。しかし目下日本の情勢では亜米利加人の欠点を指摘することはできませんからそのいい方面を思出してお話をしましょう。
私は一年ほど市俄古から汽車で四時間ばかりかかる田舎の町のカレッジで勉強して居た事があります。学年試験の時、生徒は答案を書いて居る間随時に教室の外へ出て休息しても差閊がない事になって居ました。しかし外へ出ても互に話をしたり運動をしたりしても、決して試験問題の答案の事には触れません。しようと思えば内証でいくらでもずるい事は出来るのですが誰一人そんな事をする者は居ませんでした。自分で学力が不十分だと思えば自分から一年元級に居残る事を請願する者も居ました。試験勉強という事はその時分の米国の学生には決して