正宗 白鳥
未見の人
或る日私は急な相談事があつて、友人末永を訪ねた。例の通り案内をも乞はず、庭木戸から聲を掛けて座敷の障子を開けると、彼れの細君や母や妹やが一所になつて、腹を抱へて笑つてゐる。私は相變らず氣樂な家庭だと、少し呆れ氣味で、
「どうしたんだい。」と、座敷に突立つたまゝ、皆んなを見廻した。すると末永は一人笑ひを止め、
「何でもないんさ、今武部といふ男が來てね、變な眞似をして行つたもんだから。」
「武部?……聞いたことのあるやうな名だが。」と、私は首を傾げて考へて、「さうだ/\、何かの折に河野が話してたが、一種猛烈な社會主義染みた事を云つてる男ぢやさうぢやないか。そして何處へ行つても長く勤まらんさうぢやないか。」