菊池 寛
マスク
見かけだけは肥って居るので、他人からは非常に頑健に思われながら、その癖内臓と云う内臓が人並以下に脆弱であることは、自分自身が一番よく知って居た。
ちょっとした坂を上っても、息切れがした。階段を上っても息切れがした。新聞記者をして居たとき、諸官署などの大きい建物の階段を駈け上ると、目ざす人の部屋へ通されても、息がはずんで、急には話を切り出すことが、出来ないことなどもあった。
肺の方も余り強くはなかった。深呼吸をする積りで、息を吸いかけても、ある程度迄吸うと、すぐ胸苦しくなって来て、それ以上はどうしても吸えなかった。
心臓と肺とが弱い上に、去年あたりから胃腸を害してしまった。内臓では、強いものは一つもなかった。その癖身体だけは、肥って居る。素人眼にはいつも頑健そうに見える。自分では内臓の弱いことを、万々承知して居ても、他人から、「丈夫そうだ/\。」と云われると、そう云われることから、一種ごまかしの自信を持ってしまう。器量の悪い女でも、周囲の者から何か云われると自分でも「満更ではないのか。」と思い出すように。