谷崎 潤一郎

私

もう何年か前、私が一高の寄宿寮に居た当時の話。

或る晩のことである。その時分はいつも同室生が寝室に額を鳩めては、夜おそくまで蝋勉と称して蝋燭をつけて勉強する(その実駄弁を弄する)のが習慣になつて居たのだが、その晩も電燈が消えてしまつてから長い間、三四人が蝋燭の灯影にうづくまりつゝおしやべりをつゞけて居たのであつた。

その時、どうして話題が其処へ落ち込んだのかは明瞭でないが、何でも我れ/\は其の頃の我れ/\には極く有りがちな恋愛問題に就いて、勝手な熱を吹き散らして居たかのやうに記憶する。それから、自然の径路として人間の犯罪と云ふ事が話題になり、殺人とか、詐欺とか、窃盗などゝ云ふ言葉がめい/\の口に上るやうになつた。

「犯罪のうちで一番われ/\が犯しさうな気がするのは殺人だね。」

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