菊池 寛

世に出る前後

「雄辯」から、僕の自叙伝を求められたが、僕には既に「文藝春秋」に半歳に亙つて連載され、其後、平凡社から出た、僕の全集の中に収録されてゐる「半自叙伝」がある。

僕は其の「半自叙伝」の書き出しに、「自分は自叙伝など、少しも書きたくない」と断り書をしてゐるが、この気持は今でも変りはない。

事実、自分の半生には書くだけの波瀾も事件もないのである。僕は他の人に比べて、具象的な記憶に乏しい。たゞ「文藝春秋」に載せた時は、「文藝春秋」に何かもう少し書きたいため、自叙伝的なものでも書いて見ようかと思つたのである。

だから今度も、少年時代からの出来事を時代順に記述などはしない。比較的記憶に残つてゐて思ひ出すことを書いて見ようと思ふ。

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