作者不詳
現代語訳 平家物語
重衡被斬
本三位中将重衡は、伊豆の狩野介宗茂の許に預けられたままになっていたが、南都の大衆が、しきりに、その処分を迫ってきているので、頼朝としてもそのままにしておくこともできず、源三位入道頼政の孫、伊豆蔵人大夫頼兼が守護して、奈良へ連れて行くこととなった。
都へ入ることは許されなかったので、大津から山科、醍醐を通ることとなった。この道筋からは、重衡の北の方、大納言佐殿が忍び住む日野は程近かった。
重衡が生捕られた後も、先帝に従って壇の浦まで行き、先帝の入水に続いて入水しようとするところを、源氏の武士に留められて、やがて京に帰り、日野に住む姉の大夫三位に頼って、そこに落着いていたが、風の便りに重衡卿のことを聞くにつけても、恋しさはつのる一方であったが、そうかといって、逢うことは、もちろん思いのほかのことであったから、唯、終日泣き暮していたのである。