作者不詳
現代語訳 平家物語
山門御幸
寿永二年七月二十四日夜半、後白河法皇は按察使大納言資賢の子息右馬頭資時ただ一人を供にして、折からの闇にまぎれ人目を忍んで、御所を出た。行先は鞍馬の奥である。迎えた鞍馬寺の僧たちは突然のことに驚いたが、
「ここはまだ都から近うございますので、危険でございましょう」
と口々にいうので、さらに奥へ入った。笹の峰、薬王坂などの険しい道を進み、ようやく横川の解脱谷にある寂定坊に辿り着かれた。ところが多くの僧たちは騒ぎ立てた。
作者不詳
山門御幸
寿永二年七月二十四日夜半、後白河法皇は按察使大納言資賢の子息右馬頭資時ただ一人を供にして、折からの闇にまぎれ人目を忍んで、御所を出た。行先は鞍馬の奥である。迎えた鞍馬寺の僧たちは突然のことに驚いたが、
「ここはまだ都から近うございますので、危険でございましょう」
と口々にいうので、さらに奥へ入った。笹の峰、薬王坂などの険しい道を進み、ようやく横川の解脱谷にある寂定坊に辿り着かれた。ところが多くの僧たちは騒ぎ立てた。