作者不詳
現代語訳 平家物語
座主流し
治承元年五月五日、叡山の座主、明雲大僧正は、宮中の出入りを差しとめられた。同時に、天皇平安の祈りを捧げるために預っていた、如意輪観音の本尊も取上げられた。更に検非違使庁を通じて、神輿を振り上げて、都へ押し寄せた張本人を摘発せよという命令もきていた。
こうした、矢次ぎ早の朝廷の強硬策は、先の京の大火事に原因と理由があったろうが、もう一つには、とかく、法皇の信任厚い西光法師が、あることないこと、山門の不利になることばかりを、後白河法皇に告げ口したためであった。そのため、法皇は、ひどく山門に対する心証を害されているようだった。
唯ならぬ事態の変化を読み取って明雲は、早やばやと、天台座主を辞任してしまった。